2014年7月、僕は失意の中にいた。5年ほど付き合ったパートナーと、いろいろあって別れた。独り身になったところだった。

その夏も、多くの友人が海外で過ごしていた。僕も日本を出ようと思い、ニューヨークへ向かった。初めてのアメリカでもなければ、初めてのニューヨークでもない。

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滞在は1ヶ月。いくら円が強かったとはいえ、ひと月分のホテル代を払う余裕はない。ホームステイにした。ひと月で10万円ほどだったと思う。

男の子2人を育てる、日本人のシングルマザーの家だった。大人の女性の家に泊まっていいのか、などとドキドキしながら向かったのを覚えているが、蓋を開ければ明るい姉御肌の元気なお母さんだった。国際結婚のあとに離婚して、それでも子どもを連れて日本に帰るということをせず、ニューヨークでたくましく生活していた。僕なら帰ってしまいそうなものだ。エネルギーのかたまりみたいな人だった。合鍵をくれて、夜遅く帰ってきてもいいと言われた。楽だった。

同じ家に、20代前半の男が何人か滞在していた。多くは語学学校に通っていた。僕も最初は通ったが、つまらなくて1週間で辞め、学費を返してもらって、その金で遊んでいた。

いちばん印象に残っているのは、金沢の話で書いた女友達だ。英語が1mmも喋れないのにニューヨークに乗り込んできていて、なんだこいつ、と思っていた。それが10年以上経って今も仲良くしているのだから、不思議なものだ。

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まったくの偶然だが、大学の友人をはじめ10人近くが同じ時期にニューヨークにいた。全員で集まることはなかったが、何人かと観光をしたり飯を食ったりした。そのうちの一人がヤンくんで、彼はその後ニューヨークで医師として働くことになる。彼と歩き回った話は別に書いた

別れたことは、会ったやつ全員に話した。それでニューヨークにいるのか、とんでもない失恋旅行だな、と笑われた。笑ってもらえるくらいがちょうどいい。

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1年ほど前にも一度ニューヨークに来ていて、そのときは一人でぶらぶらしただけだった。今回はまったく性質が違った。

ニューヨークで何より感じたのは、大きさだ。建物も、道路も、橋も、とにかく大きい。路上ではスプレーアートを描いていた。金は払わず、写真だけ撮った。

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5年も付き合った相手と別れると、人生が終わったかのように思えることすらある。もうこんなに好きな人には出会えないんじゃないか、というやつだ。

大抵そんなものは、自分の頭の中で作り出した幻想で、勘違いにすぎない。感情には寿命がある。怒りの寿命は短く、悲しさの寿命は長い。長いといっても、せいぜい1ヶ月程度だろう。

ニューヨークにいた1ヶ月で、僕の中の気持ちは晴れた。もっとも、この滞在中にロサンゼルスにも行っている。晴れたのはカリフォルニアの空のおかげだったかもしれない。

世界は広い。もっと、見にいかないといけない。