先に、この記事で書かないことを書いておく。

医療機関に不満を言うな、という話ではない。待たされた、説明が足りない、対応が雑だった。そういう声はむしろ届いてほしいし、うちはそれを拾う仕組みをわざわざ作っている。前にも書いたが、耳の痛いことが返ってこない環境は必ず緩む。

この記事で書くのは、それとはまったく別の話だ。

現場で起きていること

入院中に看護師へのセクハラを繰り返す人がいる。

救急車をタクシー代わりに使う人がいる。

支払能力があるのに未払いを重ね、注意患者としてリストに載っている人がいる。

窓口や電話で、担当者を人格ごと罵倒する人がいる。

医療現場で働いたことのある人なら、たぶん全部見たことがあると思う。そして多くの現場で、これらは「そういうこともある」として飲み込まれている。

なぜ飲み込むのか。「病人だから」という説明が、いつのまにか免罪符として機能しているからだ。

でも、体調が悪いことと、他人を傷つけていいことは、まったく別のことだ。当たり前すぎる話なのに、医療の中ではこれがしばしば曖昧になる。

そしてそのしわ寄せは、たいてい立場の弱い人のところに行く。若い看護師、事務スタッフ、新人。彼らが「我慢するのも仕事のうち」と学習してしまう構造が、僕はよくないと思っている。

「応召義務があるから断れない」は誤解

医療者側にも誤解がある。応召義務があるから、どんな相手でも診なければならない、という思い込みだ。

医師法19条は、正当な事由がなければ診療を拒んではならない、と定めている。ポイントは「正当な事由があれば断れる」という点で、無制限の義務ではない。

そして2019年12月25日、厚生労働省がこの点を整理した通知を出している(医政発1225第4号)。ここでは、患者の迷惑行為について、その程度・被害状況・常習性といった要素を判断材料として、診療の基礎となる信頼関係が失われている場合には、診療しないことが正当化されるという考え方が示されている。医療費の不払いについても、支払能力があるのに意図的な未払いを繰り返しているような場合は、同様に扱われうる。

念のため書くと、これは「気に入らない患者は断っていい」という話ではまったくない。過去に未払いがあったというだけで直ちに断るのは正当化されないし、緊急性の高い状態であればまた話が変わる。断る場合も、他の受診可能な医療機関を案内するなどの対応が望ましいとされている。

つまり、断れる条件はきちんと限定されている。限定されているが、ゼロではない

そこを知らずに、あるいは知っていても使わずに、現場が耐え続けているケースがかなりあると思う。もっと普通に行使されていい制度だと考えている。

関係は、どちらが偉いでもない

根っこにあるのは、サービスを提供する側と受ける側のどちらが上か、という話ではない。

関係は対等であるべきだ、というだけのことだ。

こちらは専門知識と時間を提供する。相手は対価を払い、必要な情報を提供する。どちらが偉いという構造は、本来どこにもない。

日本の接客業では、この対等さが崩れやすい。前に別の記事で、日本のサービスは価格に対して品質が高すぎる、と書いた。品質が高いこと自体は悪くないが、それが「客の側は何をしてもいい」という誤解と結びついたとき、現場が壊れる。

医療はそこに「病人だから」という強い免罪符が乗るので、崩れ方がより極端になりやすい。

実際にどうしているか

うちでは、信頼関係の構築が難しいと判断した場合、受診をお断りすることがある。

暴言や、スタッフへのハラスメント。予約の無断キャンセルの常習。こちらが何度説明しても、対話そのものが成立しない状態。こういう場合だ。

ここは慎重に書きたいのだが、対象になるのは言葉が通じない人ではなく、対話を成立させる気がない人だ。認知症の方も、精神疾患のある方も、日本語が母語でない方も、当然ながら普通に診る。時間がかかることも、伝わりにくいことも、それは医療の側が引き受けるべき仕事だ。線を引いているのはそこではない。

そして、お断りを通知したうえで居座られる場合は、警察に来てもらって退去していただくこともある。

こう書くと物々しいが、飲食店や小売店なら普通にやっていることだ。医療だけが、それをやってはいけない場所であるべき理由はないと思っている。

逆に、これは書かないでおこうと思ったこと

正直に書くと、この文章を書きながら、危ない考えが頭をよぎった。

「迷惑な客の情報が事業者間で共有される仕組みがあれば楽なのに」というやつだ。

でも、少し考えてやめた。医療でそれをやったら、受診機会そのものを奪うことになる。しかもリストに載る基準は、載せる側が決める。一度載ったら、本人はそれを知ることも、争うこともできない。

そういう仕組みを、僕は自分が利用者の立場で受け入れられない。だとしたら、提供者の立場で望むべきではない。

これは、便利さと引き換えに何を渡すことになるのか、という話だ。個別の関係の中で、その都度判断して断る。面倒だが、たぶんそれが正しいやり方だと思う。

守りたいのは、現場の人

結局のところ、僕がこの話をするのは、患者を選びたいからではない。

うちで働く人が、理不尽を我慢することを仕事だと思わなくていい状態を作りたいからだ。

我慢して回している現場は、外からは何の問題もなく見える。だから放置される。そして限界が来たとき、辞めるのは我慢していた側だ。

その構造を、自分の会社の中では成立させたくない。

診療を断るという判断は、できれば使いたくないカードだ。実際、めったに使わない。ただ、そのカードがあると全員が知っていることには、意味があると思っている。