中学受験、大学受験、医師国家試験。ペーパーテストで評価される世界では、多少なりとも結果を出してきたほうだと思う。
だから若い頃の僕は、無意識のうちに、それを「能力」だと思っていた。優秀とはこういうことだ、という物差しが自分の中に一本だけあった。
仕事をするようになって、その物差しがいかに短いものだったかを何度も思い知らされている。
ペーパーテストが測っているもの
ペーパーテストは、実はかなりシンプルなことしか測っていない。
答えのある問題に対して、決められた時間内に、できるだけ速く正答を出す。
これだけだ。よくできた仕組みだと思う。条件が明確で、採点が公平で、比較が可能。だからこそ社会のあちこちで使われている。
でも、仕事で向き合うことになるのは、圧倒的に答えのない問題のほうだった。
このクリニックの待合室は本当に必要なのか。この採用は正解なのか。この機能を今作るべきなのか。どれも、模範解答が存在しない。存在しないどころか、後になっても正解だったかどうか確かめられないものすらある。
だとすれば、ペーパーテストで優秀だった人が、答えのない課題を解くことにも優れているかどうかは、まったく別の話ということになる。相関はあるかもしれないが、イコールではない。ここを混同していた期間が、自分には長かった。
数値化できない能力
わかりやすい例が、コミュニケーション能力だ。
一言でそう呼んでしまうけれど、中身を分解するととんでもなく多層的な技能の束であることに気づく。
初対面の笑顔。愛嬌。愛想。相手を不快にさせない言葉遣い。間の取り方。空気の読み方。そして、それらを相手によって微妙に変える力。
最後のやつが特にすごいと思っている。同じ人が、相手が変われば別の振る舞いをする。しかもそれを、考えている素振りも見せずに、瞬時にやる。
これを試験問題にできるだろうか。設問も作れないし、採点基準も作れない。でも、現場では明確に成果の差になって現れる。
自分には到底できないことを、簡単そうにやる人
人を雇うようになってから、この手の場面に何度も出くわした。
人を安心させるのがうまい人がいる。何を言ったわけでもないのに、その人がそこにいるだけで、相手の緊張がほどける。
誰とでも自然に仲良くなれる人がいる。壁を作らないし、作らせない。
細かい違和感にすぐ気づける人がいる。いつもと何かが違う、という信号を、言語化される前に拾う。
場の空気を一瞬で明るくできる人がいる。会議が重くなったときに、その人の一言で流れが変わる。
どれも僕には到底できない。というより、どうやっているのかすら分からない。ペーパーテストで測られてきた自分の能力とは、まったく別の軸に立っている。
こういう能力を見るたびに、人間の能力というのは本当に多次元なんだなと思う。一本の物差しで並べられるようなものではない。
ただし、逆に振れすぎるのも危ない
ここで話を終えると気持ちのいい文章になるのだが、それだと自分に嘘をつくことになるので、続きを書く。
「ペーパーテストでは測れない能力が大事だ」という主張は、扱いを間違えると非常に危険だ。
なぜなら、測れないものを「測れない」と言った瞬間、評価は好き嫌いになるからだ。
一緒にいて心地いい人が高く評価され、そうでない人が低く評価される。それを「コミュニケーション能力」や「カルチャーフィット」といった言葉で正当化する。これは、能力を多次元に見ているのではなく、単に物差しを捨てただけだ。
その点、ペーパーテストは偉い。基準が開示されていて、誰が採点しても同じ結果になり、不満があれば異議を申し立てられる。この公平性は簡単に手に入るものではない。だから僕は、試験というものをまったく否定していない。測れるものを正確に測れるというのは、それ自体が大きな価値だ。
問題は、測れるものだけを見てしまうことにある。
測れないものを、どう扱うか
だとすると、経営や採用の仕事というのは、測れないものをどう扱うかを設計することなのだと思う。
うちがバリューを言語化しているのも、その試みの一つだ。「当事者意識」「ホスピタリティ」「チームワーク」といった言葉は、それ自体では曖昧で、点数はつけられない。でも「観察しよう」「耳を傾けよう」「率先して行動しよう」というところまで行動に落とすと、少なくとも「そういう振る舞いがあったか、なかったか」は話し合える。
数値にはならないが、議論の俎上には載せられる。完全な公平は手に入らないが、単なる好き嫌いよりはずっとマシだ。今のところ、その中間あたりでもがくのが誠実なやり方だと思っている。
一緒に働きたい人
結局のところ、僕が採用でやりたいのは、自分と同じ物差しの上で少し上にいる人を探すことではない。
自分にない能力を持った人をちゃんとリスペクトして、その人たちと一緒に働くこと。これに尽きる。
自分より優れたところのある人が身近にいることは、たぶん自分自身も引き上げてくれる。実際、僕がこの数年で更新できた考え方の多くは、自分より若い、僕とはまったく違う能力を持ったメンバーから受け取ったものだ。
だからこれからも、そういう人を採用したい。そして、今いてくれる人たちを大事にしたい。
物差しが一本しかなかった頃の自分には、そもそもそういう人の価値が見えなかったはずだから。