モテるために必要なものとして、顔とか、お金とか、コミュニケーション能力とか、いろいろ言われる。

意外と重要なのは「平静」なんじゃないかと思っている。

慌てない。バタバタしない。感情に振り回されない。想定外のことが起きても普通にしている。

これは、かなり強い。

好きになるほど、難しくなる

厄介なのは、この平静が相手を好きになるほど失われることだ。

返信が遅い。予定が合わない。なんとなく機嫌が悪そうに見える。

どうでもいい相手なら、何も感じない。好きだからこそ、意味を読み取ろうとする。そして不安になる。

不安になると、確認したくなる。大丈夫か聞く。理由を尋ねる。念のためもう一通送る。

ここからがループだ。

確認は、負担の移転になる

不安から出た行動は、相手にどう届くか。

好意の表明として届けばいいのだが、たいていはそうならない。届くのは、「自分を安心させてください」という要求のほうだ。

相手からすると、こちらの感情の面倒を見る役割が発生する。それは重い。だから少し引く。

引かれると、こちらはさらに不安になる。もっと確認したくなる。相手はもっと引く。

好意が強いほど加速するので、止まらない。そして気づくと、最初に持っていた魅力が全部消えている。

つまり問題は、不安を感じたことではなく、不安の処理を相手に渡してしまったことにある。

相手の行動から、内心は読めない

このループの入口には、たいてい誤読がある。

返信が遅い理由は、いくらでもある。忙しい。疲れている。他のことで頭がいっぱい。単に返信の作法が違う。

前に別のところで書いたが、相手の行動から相手の内心を断定するのは、たいてい外れる。そして外れたときのコストが大きい。

だから、平静を保つために最初にやるべきなのは、感情の統制よりも、理由を勝手に決めないことかもしれない。わからないことを、わからないまま置いておく。

これが意外と難しい。人間は空白に最悪の物語を入れたがるので。

平静とは、不安を感じないことではない

ここは、はっきり書いておきたい。

余裕がある人は魅力的だ、という話は、そのままだと不安を感じる人を責める方向に行きやすい。

でも、不安を感じること自体は、欠陥でもなんでもない。好きな相手に対して心が動くのは、当たり前のことだ。感じないようにする訓練をしても、たぶんうまくいかない。

そして、平静を「装う」のは逆効果になる。我慢して押し込めたものは消えないので、別の形で出てくる。ある日まとめて出るほうが、たぶん重い。

平静とは、不安を感じないことではなく、不安を感じたうえで行動を選べることだと思う。

不安だ。理由はこれだ。でも今すぐ連絡する必要はない。この判断ができれば、それで足りる。感じるところまでは止められないし、止めなくていい。

余裕は、性格ではなく分散から来る

もうひとつ、実用的な話をする。

余裕がある人は、精神が強いわけではないと思う。他にも居場所があるだけのことが多い。

仕事があり、友人がいて、打ち込んでいるものがあり、行く場所がある。そういう人は、一人の相手からの返信が人生の全部にならない。

逆に、相手だけが自分の世界のほとんどを占めていると、平静は原理的に保てない。そこに全部乗っているのだから、揺れて当たり前だ。

だとすると、余裕を持とうと決意するより、乗せる場所を増やすほうが早い。これは意志の問題ではなく、配分の問題だ。

前に、感情に距離を取る訓練の話を書いた。あれは技術の話だったが、こちらは構造の話になる。両方あると強い。

大切にすることと、追いかけること

無関心になれ、という話ではまったくない。

相手を大切にしながら、自分の感情は自分で処理する。この二つは両立する。

というより、自分の感情を自分で処理できているときのほうが、相手のことをちゃんと見られる。不安でいっぱいのときは、相手ではなく自分の不安を見ているので。

余裕が魅力なのは、たぶんそこだと思う。落ち着いている人は、相手が見えている。