信用できる人はどういう人か、と考えることがある。

以前は「他人に優しい人」だと思っていた。今は少し違う。

自分に対して冷静でいられる人のほうが、結果的に信用できる。

感情を爆発させない。落ち込んでも、自分で戻ってこられる。機嫌が周りに漏れない。そういう地力がある人は、ブレないし、人を巻き込まない。だから安心して一緒にいられる。

優しさは感情でできている。でも、信頼は安定でできている。この違いは思ったより大きい。

何かが起きたときに、差が出る

平時は、誰でも感じよくいられる。

差が出るのは、うまくいかなかったときだ。想定が外れた、責められた、疲れている、思い通りにならない。そういう場面で、その人の地の状態が出る。

このとき落ち着いている人は、単に温厚なのではないと思う。自分の状態を把握しているのだと思う。

今、自分は苛立っている。理由はたぶんこれだ。この苛立ちは、目の前の相手のせいではない。だから今は判断しない。

こういう処理が、速い人と遅い人がいる。速い人は、感情が行動に出る前に一拍置ける。

抑えるのではなく、隙間を作る

念のため書いておくと、これは感情を抑え込む話ではない。

我慢する、感じないようにする、平気なふりをする。これらは別のことで、しかも長期的には壊れる。感情は溜めても消えないので、どこかで別の形で出る。

やりたいのは、反応と行動のあいだに隙間を作ることだ。

腹が立つのは止められない。止める必要もない。でも、腹が立ったことと、その場で言い返すことのあいだには、本来わずかな余地がある。その余地を広げる訓練だと思っている。

具体的には、自分に2つ問う。

いま自分は何に反応したのか。 相手の言葉なのか、その裏に見えた態度なのか、あるいは今日の疲れなのか。だいたい後者であることが多い。

これは本当に怒るべきことか。 一日経ってもまだ怒っているなら、それは正当な怒りかもしれない。1時間で消えるなら、その場で表明しなくてよかったということだ。

感情を、内側から味わうのではなく、少し外から眺める。この距離の取り方は、練習で伸びる。

30代の自己投資としては、たぶん最上位

これは、けっこうコスパのいい投資だと思っている。

スキルは陳腐化する。知識は更新が要る。でも、自分の感情との距離感は、どの仕事に移っても効くし、家庭でも効く。しかも、一度身につくと勝手に働く。

逆に、ここが弱いままだと、能力が高くても機会を失う。感情の起伏が読めない人には、重い話が持ち込まれなくなる。持ち込まれないから、情報が入らなくなる。そうやって、だんだん判断を誤るようになる。

前に、立場が上がるほど誰も本当のことを言ってくれなくなる、という話を書いた。あれは立場の問題として書いたが、実は態度の問題でもある。指摘したときに機嫌が悪くなる人には、誰も指摘しない。

安定していることは、性格の良さではなく、情報を集める能力なのだと思う。

ただし、地力は条件にも左右される

一つだけ、公平のために書いておきたい。

落ち着いていられるかどうかは、性格だけで決まるわけではない。

体調、睡眠、その時期の負荷、家庭で起きていること。余裕がなくなれば、誰でも反応が粗くなる。僕自身、繁忙期の自分と、休んだあとの自分は、まったく別人だという自覚がある。

だから、感情の扱いが下手な人を見て「未熟だ」と切って捨てるのは違うと思っている。多くの場合、それは状態であって性質ではない。

自分についても同じで、うまく扱えない時期があったら、訓練不足を責めるより、まず寝たほうがいい。

大人になるということ

大人になるというのは、感情がなくなることではないのだと思う。

感じることは変わらない。ただ、感じたことと、やることのあいだに、少しずつ隙間ができていく。

その隙間の広さが、たぶんそのまま信頼される量になる。