「明日やります」と言われて、実際に明日やられたことが、どれくらいあるだろうか。
「やるやる」と言って動かない。「明日やります」と言って、気づいたら流れている。悪気はない。本人も忘れているだけだ。
こういうことが続くと、その人がどれだけ能力の高い人でも、任せる判断がしにくくなる。
ただ、これを「遅い人はダメだ」という話にすると、たぶん本質を外す。
信用しているのは、速さではない
僕が実際に見ているのは、速さそのものではない。
言ったことと、起きたことの距離だ。
3日でやると言って3日でやる人は信用できる。2週間かかると言って2週間でやる人も、同じくらい信用できる。速いかどうかではなく、言葉と結果が一致しているかどうかで判断している。
逆に「すぐやります」と即答して、そのまま消える人がいちばん困る。速く見えて、実は一番遅い。しかも、こちらの計画まで狂わせる。
だから「やります」という言葉自体には、ほとんど情報がない。情報があるのは「いつまでに、どこまで」のほうだ。
それでも、速さは効く
そのうえで、速さが効くことは間違いないと思っている。
理由は単純で、結果は行動の回数でしか差がつかないからだ。
一回の精度を上げるより、回数を増やすほうが早い局面がかなり多い。完璧に整えてから出そうとしている時間は、たいていの場合ただの遅延だ。出してみないとわからないことのほうが多いのだから、先に出して、失敗して、その分だけ先に進んだほうがいい。
僕は自分を凡人だと思っているので、なおさらそう考えている。人の2倍3倍動くこと以外に、差を作る手段があまり思いつかない。
「スピードがすべて」ではない
ただ、ここは正確に書いておきたい。
以前、会社の名前を5分で決めた話を書いた。そのときに書いたのは、どこで時間を使い、どこで使わないかを決めることがスピードの正体だ、ということだった。何にでも速ければいい、という話ではまったくない。
医療の現場に立てば、それははっきりする。診断でも処置でも、速さより正確さが優先される場面が明確にある。急ぐべきときと、急いではいけないときがあり、その見極めのほうが速さそのものより重要だ。
だから「スピードがすべて」とは思っていない。速くていい領域を見分けて、そこは徹底的に速くする。それだけのことだ。
動かない理由は、たいてい人格ではない
もうひとつ、経営する側になってから考えを変えたことがある。
「やります」と言ったのに動かない、という現象は、その人のやる気の問題であることより、依頼した側の設計が失敗していることのほうが多い。
期限を決めていない。粒度が粗すぎて、何から手をつければいいかわからない。判断に必要な権限が渡っていない。そもそも本人は合意しておらず、断りにくいから「やります」と言っただけだった。
このどれかであることが、かなりの割合ある。
自分が渡すべきものを渡さずに、動かないことを相手の資質のせいにするのは、経営者としてはただの怠慢だと思う。何度か、自分がそれをやっていたことに気づいた。
だから今は、依頼するときに期限と粒度をセットにするようにしている。そして「やらない」「できない」と言ってもらうほうを歓迎するようにしている。断られるのは、流されるよりずっとありがたい。
「やります」と言わせておいて動かない構造を作っているのは、こちら側かもしれない。この可能性を先に潰さないと、人を見誤る。
速さは、誠意になりうる
そのうえで、自分に対しては厳しく持っておきたい。
返事が速いこと、着手が速いこと、約束した期限を守ること。これらは能力というより、相手の時間を軽く扱わないという態度の表明だと思っている。その意味で、速さは誠意になりうる。
ただし、誠意というのは自分が出すものであって、他人に要求するものではない。
前の記事にも書いたが、自分に課すなら正しいことも、人に強いた瞬間に別物になる。速さについても同じだと思っている。
僕は速く動く。相手が遅くても、まず自分の設計を疑う。
そのうえで、言ったことと起きたことが何度も食い違う相手とは、任せ方を変える。それは評価ではなく、単に扱いを調整しているだけだ。
