クリニックを作るとき、自分たちが何屋なのかを言語化するのに、けっこう時間がかかった。

内科であることは間違いない。風邪の人には風邪の治療をするし、花粉症の人には花粉症の治療をする。その意味では他のクリニックと何も変わらない。コーヒーショップがコーヒーを出す点でどこも同じなのと一緒だ。

では何が違うのか。ずっと「受診者体験」と言ってきたが、それだけだと抽象的すぎる。この抽象を具体に落とすのに役立った補助線が、実は医療の外にあった。

目的系と発見系

株式会社いつもの望月智之さんが『買い物ゼロ秒時代の未来地図』という本で、買い物を「商品の探し方・見つけ方」の観点から二つに分類している。目的系と発見系だ。

目的系の買い物とは、何が必要かが買う前からおよそ決まっている「普段の買い物」を指す。特徴は三つ。

  1. 習慣化している

  2. 消費者にとっては「面倒くさい」ものである

  3. プロセスの自動化が進んでいる

自動化というのは、たとえばECサイトで購買履歴を参照してワンクリックで買える、という状態のことだ。

発見系はその裏返しになる。習慣化していない、初めて買う。コンセプトがあり、内容を比較検討する。場合によってはそのプロセス自体を楽しむ。魅力的なコンセプトを持つ商品ほど発見されやすい。

これを医療の文脈に置き換えると、こうなる。

目的系医療とは、プロセスに面倒くささを感じ、自動化することで恩恵を受けるタイプの医療である。

慢性疾患でいつもの薬をもらう。毎年の花粉症。ワクチンを打つ。健診で引っかかったので相談する。こういうものだ。何が必要かは、行く前からおよそわかっている。

一方、自分に起きている体調の変化が突発的で激烈なもの、病名も原因もまったくわからないもの、いろいろ治療を試したがうまくいかないもの。これらは発見系に分類されるだろう。じっくり時間をかけ、比較検討し、専門家を探す価値がある領域だ。

ちなみに「目的系医療」という言葉は存在しない。僕らが勝手に借りてきて当てはめているだけだ。それでも、この線を引いた瞬間に、自分たちが何をやるべきかがはっきりした。

なぜ「体験」が競争軸になったのか

そもそも、なぜ体験が重要になったのか。これは医療より先に、他の業界で起きたことをたどるとわかりやすい。

かつては、商品やサービスについて売り手のほうが買い手より圧倒的に多くの情報を持っていた。情報が非対称だったから、企業はマスメディアを通じて一方的に情報を流せばよかった。

ところがインターネットのような双方向メディアが普及すると、消費者が自分で情報を取り、意見を言い、批判できるようになった。企業は「いいものを作れば自然と売れる」という思い込みでは戦えなくなり、顧客の考え方や振る舞いを中心に据えたものづくりへと変わっていった。

同時に二つの変化があった。一つは、機能による差別化が難しくなったこと。デジタルカメラでいえば、画素数が足りず写真がザラついていた時代には画素数の競争に意味があった。でもスマホのカメラですら数千万画素になると、大多数の人にとって画素数はどうでもいい話になる。

もう一つは、モノからサービスへという産業構造の変化。無形の価値の比重が増えた。

結果として、製品やサービスを通じて顧客に伝わるものは何かといえば、それは「体験」に他ならない、という認識が広がった。顧客体験が本格的に重視され始めたのは2010年代に入ってからだ。

医療では、まだ非対称性が残っている

医療の世界には、依然として強い情報の非対称性がある。医師や看護師が疾患について持っている情報は、受診者が持っている情報より圧倒的に多い。だから他業界のように、非対称性の崩壊を契機として「患者中心主義」が自然に広まる、という展開が起きにくい。掲げられてはいるが、駆動力が弱いのだ。

でも、他の業界と変わらないことが一つある。医療サービスを通じて受診者に伝わるもの、それは体験に他ならない、という点だ。

クリニックにおける受診者体験は、大きく医療行為と接遇の二つから成り立っている。どちらも極めて重要だ。医療で最も大事なのは、疾患やそれがもたらす不調を治療したり軽くしたりすることであり、これは疑いようがない。治った、良くなったという体験は当たり前に最重要だ。

ただし正直に言えば、多くの疾患において「病気が治る」というファクトでは差別化ができにくくなっている。

風邪を引いて熱が出たとき、AクリニックとBクリニックのどちらに行けば風邪の症状がより軽減されるか。それを突き詰めて比較検討する人は、ほとんどいない。

では何で選ばれているのか。口コミや評判は、受診者が理解できる範囲、主観的に感じ取れる範囲の体験に由来して発生する。つまり、待たされたか。説明がわかりやすかったか。気持ちよく帰れたか。そういうところだ。

だから、プロセスを疑う

目的系医療という補助線を引くと、やるべきことが決まる。

買い物と同じで、クリニックにかかるときのプロセスを見直すと「いかに面倒なことが含まれているか」に気づかされる。予約の電話。紙の問診票に何度も同じことを書く。順番を待つ。会計を待つ。処方箋を持って薬局に移動して、また説明する。

それを「仕方のないこと」と諦めない。自動化できるところは自動化する。省力化できるところは省力化する。そうしてプロセスの面倒くささを削ることが、そのまま受診者体験の向上につながる。

僕らのシステムが「身近さ」「親しみ」「利便性」を軸にしているのは、そういう理由だ。技術的に最先端のことは何もしていない。予約システムも受付システムも決済システムも、既存技術の組み合わせでしかない。目的は受診者体験を良くすることであって、アプリケーションはそのための要素の一つにすぎない。

選り好みはできない

念のため書いておくと、クリニックは来院する人を選り好みできない。どんな悩みであっても受診を拒否するわけにはいかない。目的系にターゲットを置くというのは、来る人を選ぶという意味ではまったくない。

一般のクリニックと同じように、うちでできない治療や検査が必要な場合は、設備と環境の整った病院に紹介する。むしろ、目的系にフォーカスして無駄を削るからこそ、そこから外れるケースを早く見極めて、適切な場所へ渡すことができる。

そういう役割分担の話だと思っている。