うちのクリニックのナースは、これまでのナースとは行動の仕方も価値観も違う。そう言い切れるようになるまでに、けっこう議論を重ねた。

説明のために、これまでのナース像を仮に「ナース1.0」と呼ぶことにする。ソフトウェアにバージョンを併記する、あの言い回しの比喩だ。1.0が劣っているという話ではない。動作している環境が違う、という話だ。

ナース1.0が最適化されている相手

ナース1.0が勤務するクリニックの基本方針は、ドクターの稼働率を上げることを第一優先にしている。前に書いた通り、今の診療報酬の下ではそうせざるを得ない構造がある。

その環境では、ナースは医師の指示に従い、効率よく働くことが求められる。もちろん受診者を無視するわけでも、ぞんざいに扱うわけでもない。ただ、受診者のほうを見る前にドクターのほうを見てしまう、という習性が身についていく。だから受診者の不便には、少し心を痛めながらも「仕方のないこと」と割り切ることになる。

忙しいドクターを最優先にすると、指示に対して「無私」の姿勢で臨むことになる。指示を仰ぐ、指示を待つ、が体に染みつく。受診者からクレームや質問が来ても、まず「先生に聞いてまいりますのでお待ちください」という行動が出る。

一言でいえば、ナース1.0は医師体験を最優先する看護師だ。

繰り返すが、これは個人の資質の問題ではない。そういう環境で最適化された結果、そうなっている。だから環境を変えないまま「もっと患者さんを見て」と精神論を言っても、何も変わらない。

ナース2.0の三つの特徴

うちのクリニックが目指すナース像を、ナース2.0と呼んでいる。特徴は三つだ。

  1. 受診者体験を意識する

  2. ホスピタリティにこだわる

  3. 自ら考え、行動する

受診者体験を意識する

うちの基本的な考え方は「受診者第一」だ。受診者が体験を通して「ああ良かった」「次に同じような体調になったら、またここに来たい」と思えるようにしよう、と意識するのがナース2.0だ。

ナースは医療の専門家である。でも「医療に専念することだけを考えていればいい」とは思わない。それでは受診者体験を最優先したことにならないからだ。

たとえば「このビルに映画館ある?」と聞かれることがある。「近くのカフェはどこ?」と尋ねられることもある。ナース2.0では、そうした質問に答えることも仕事のうちだと考える。

受診者の満足が仕事の喜びにつながるナース、と言い換えてもいい。

ホスピタリティにこだわる

医療と接遇の両方にこだわるのがナース2.0だ。

ホスピタリティに一番近い日本語は「おもてなし」だろう。サービスとは少し違う。サービスは主として依頼されたり指示されたりしたことに、しばしば有料で応えるものだ。ホスピタリティは対等の立場に立って、対価を求めずに行う行為を指す。

うちではナース向けの接遇マニュアルを用意している。これはナースチームが自分たちで作り上げ、実情に合わせて改訂していくものだ。マニュアルの目的は、受診者が期待するであろうことや困りごとを予めイメージして、対応できるようにすること。

同時に、マニュアルにないことも山ほど起こる。その場合は機転を利かせて応対し、その後マニュアルに残す。これが重要だ。マニュアルは守るものではなく、育てるものだと思っている。

自ら考え、行動する

ナース2.0は、指示を「待つ」人ではない。受診者が戸惑っていたり、困りごとを抱えていると察したら、進んで声をかける人だ。

そして「新しい働き方」を自ら作り出す人でもある。医療についても、ホスピタリティについても、自ら学び、進化していくことが喜びになるような人を歓迎している。

バリューをナースチームが決めた

クリニックのバリューは、ナースチームが主体になって決めた。経営側が降ろしたものではない。出てきたのは次の三つだ。

最初に挙がったのは当事者意識だった。もともとは看護師リーダーが「プロフェッショナルであること」にこだわりを持ったところから議論が始まり、そこに落ち着いた。

当事者意識とは、あらゆることに対して「自分が関わるべきこととして考える」「他人任せにしない」という態度のことだ。これが浸透すると仕事がスムーズに運び、ミスが減る。逆に当事者意識のないスタッフが一人でもいると、チーム全体の調和が崩れる。

それぞれのバリューには、具体的な行動指針が三つずつ紐づいている。

当事者意識は「自立しよう」「提案しよう」「率先して行動しよう」。

「自立」は、ナースが「ドクターの指示を待つ存在」として位置づけられ、すべての判断を委ねてしまいがちなことへの反対提案だ。そうではなく、ときには施術者として受診者の問いに即答できるよう知識を高める。プロフェッショナルとして独立した存在になるべきだ、と考えている。

自立は「考えを巡らす」ことで実現される。考えを巡らせれば「ああしたらいいのでは」「ここは変えたほうがいい」という思いにつながる。それを形にするのが「提案しよう」だ。提案ができているということは、よく考えている、自律的になっていることの現れでもある。

ホスピタリティは「観察しよう」「耳を傾けよう」「共感しよう」。

観察はジロジロ見ることではない。何か困っていないか、くつろげているか、という気配りの基本動作だ。耳を傾ける、共感するも同じで、まず受診者の言いたいこと、伝えたいことをしっかり受け止める。何かして差し上げられないか、提案できないかを考えるのは、その後だ。

チームワークは「積極的にコミュニケーションをとろう」「相談しよう」「助け合おう」。

ここは補足が必要かもしれない。当事者意識を持ち、自立・自律していることは、「一人で動く」「自分だけで解決しようとして抱え込む」こととは違う。他のスタッフの助力があれば解決することなら、話し合って解決したほうがいい。情報を共有することこそ、チームのパワーが発揮される原動力になる。

なぜバージョンを切ったのか

ナース1.0とナース2.0という言い方をわざわざ発明したのは、現状を否定せずに、目指す姿を名指しするためだった。

「今の看護は間違っている」と言うと、話は前に進まない。実際、間違っていない。与えられた環境で最適に振る舞ってきた結果なのだから。

でも僕らは環境そのものを変えようとしている。ドクターの稼働率ではなく受診者体験を最優先する、という前提でクリニックを設計している。前提が変われば、最適な振る舞いも変わる。そのことを一言で共有するために、バージョン番号が要った。

ナース2.0は完成形ではない。3.0が来る前提の名前だ。