「いい人なのにモテない」とよく言われる。

これは、悪く言えば「誰にとってもどうでもいい人」になっているということなんじゃないかと思う。

Aさんにも優しい。Bさんにも優しい。Cさんにも優しい。

人として素晴らしい。ただ、意中のAさんの側から見ると、その優しさは自分について何も語っていない

差分だけが情報になる

理由は、たぶん情報量の問題だ。

全員に同じ扱いをしているなら、その扱いは「その人がそういう人だ」という情報しか含まない。受け取る側から見て、自分に関する情報がゼロなのだ。

みんなに優しい人と、自分には特別に優しい人。この二つは、受け取る側からするとまったく別のものになる。

差があって初めて、そこに意味が乗る。

しかも、コストのかかることほど強く伝わる。誰にでも言える言葉より、その人のために時間を空けたとか、他の予定より優先したとか、そういうもののほうが効く。コストが見えるからだ。

裏を返せば、コストのかからない優しさは、いくら配っても情報にならない。

記憶に残らない人と同じ構造

前に、全方位に気を遣って当たり障りのない人ほど、不思議なくらい記憶に残らない、という話を書いた。無害すぎて、引っかかるところがないからだ、と。

これは、その恋愛版なのだと思う。

誰にも嫌われない選択を積み重ねると、誰の中にも残らない。差をつけないというのは、安全な戦略に見えて、実は全員から等距離に離れているだけだったりする。

ただし、他人を雑に扱う話ではない

ここは間違えないようにしたい。

差をつけるというのは、他の人への態度を下げることではない。

好きな人以外に冷たくして相対的な差を作るのは、単に感じの悪い人になるだけだ。しかもそれは、見ている人にはだいたいバレる。

やるべきなのは、下げることではなく、配分を上げることだ。時間の割き方、優先順位、踏み込み方。そこに違いをつける。

みんなに優しいままで、特定の人にはもう一段踏み込む。これができるかどうかの話だと思う。

押し付けとの境目

もうひとつ。

シグナルを出すことと、相手に受け取る義務を負わせることは別だ。

特別に扱っているのだから応えるべきだ、という空気が出た瞬間に、それは好意ではなく請求書になる。相手からすると、単に重い。

伝えるところまでが自分の仕事で、それをどう受け取るかは相手が決める。ここを混ぜないほうがいい。

仕事でも同じかもしれない

この話は、恋愛だけのものでもない気がしている。

全員に等しく丁寧な人より、「この件はあなたに頼みたい」と言う人のほうが、相手は動く。

優先順位を表明することは、相手を選別することではなく、相手への敬意の表明でもある。誰でもよかった仕事と、あなたにお願いしたい仕事とでは、受け取る側の気持ちがまるで違う。

好きな人には、ちゃんと好きな人として接する。頼みたい人には、ちゃんとあなたに頼みたいと言う。

差をつけることを避けていると、たぶん何も伝わらない。