「成長しない人は、アドバイスを聞かない人だ」とよく言われる。

一理あると思う。実際、指摘を受け取れる人のほうが伸びる。それは前にも書いた。

ただ、それと同じくらい成長を止めるものがある。

自分に合っていないアドバイスを、全部真面目に聞いてしまうことだ。

プレゼンの例

わかりやすい例を挙げる。

プレゼンが苦手な人に「もっとユーモアを入れたほうがいい」と言うとする。

このアドバイス自体は間違っていない。上手い人はたしかにそれをやっている。

でも、まだ構成が組めていない人、話の筋が通っていない人、声が届いていない人にとっては、完全に有害だ。やるべきことは、まず構成であり、論理であり、話し方の基本動作だ。そこが固まる前にユーモアを足すと、崩れたものの上に飾りを乗せることになる。

しかも本人は真面目なので、言われた通りにやる。そして、うまくいかない。うまくいかない理由が「自分にセンスがないから」だと解釈される。

正しいアドバイスが、間違ったタイミングで届くと、こういうことが起きる。

用法用量と、適応

医療の言葉で考えると、しっくりくる。

薬には適応がある。同じ薬でも、ある病態には効き、別の病態には害になる。だから処方する側は、まず何が起きているかを見てから出す。順番が逆になることはない。

アドバイスも、本来は同じだと思う。相手が今どの段階にいて、何が足りていないかを見てから出すべきものだ。

ところが実際には、そこを見ずに出されることのほうが多い。

言う側は、自分が効いた方法を語る。それは自分の当時の段階に効いたのであって、目の前の人の段階に効くとは限らない。しかも本人には、自分が当時どの段階だったかの記憶が、たいてい美化されて残っている。

良薬も、使い方を間違えれば劇薬になる。アドバイスは、副作用の説明がついてこないぶん、むしろ厄介かもしれない。

受け取ることと、実行することは別

ここで、以前書いたことと矛盾しないように整理しておきたい。

素直さは学習速度の話だ、と書いた。指摘を一度そのまま受け取れる人は伸びる、と。今もそう思っている。

ただ、素直というのは「一度受け取る」ことであって、「全部やる」ことではない。

反射的に「でも」と返す人は、情報が入る前に閉じている。だから伸びない。

一方、全部そのまま実行する人は、素直なのではなく、判断を放棄している。誰かに言われたことをやっていれば、選択の責任を負わなくて済む。楽なので、そちらに寄る気持ちはわかる。

受け取る。そのうえで、今やるかどうかは自分で決める。この2段階が要る。

どうやって選ぶか

とはいえ「選べ」と言うだけでは役に立たないので、自分がやっていることを書く。

誰が言っているかを見る。 その人が、自分が今いる局面を実際に通ったかどうか。通っていない人の助言は、一般論としては正しくても、適応が合っていないことが多い。

いつの話かを見る。 その人が成功した当時の条件と、自分の今の条件が違えば、同じ手は効かない。前に書いたが、挑戦のコストは時代で変わる。

相反する助言に出会ったときは、どちらも正しいと考える。 「まず量をこなせ」と「一つを丁寧にやれ」は、対立しているのではなく、適応する段階が違うだけであることが多い。どちらが正しいかを考えるより、自分が今どちらの段階にいるかを考えるほうが早い。

保留する権利を持っておく。 「今はやらない」は、拒否とは違う。半年後に効くアドバイスは実際にある。そのときのために、捨てずに置いておく。

ただし、「合わない」を逃げに使わない

歯止めも書いておく。

「自分には合わない」という判断は、やりたくないことを避ける口実として非常に便利だ。

痛いから合わないと感じているのか、段階が違うから今ではないのか。この2つは、自分の中では驚くほど区別がつきにくい。

僕が使っている見分け方は単純で、その指摘を聞いたときに、ムッとしたかどうかだ。ムッとしたものは、たいてい当たっている。合わないものを言われても、ふつうは腹が立たない。

だから、腹が立った助言は、いったん保留せずに受け取ることにしている。

一番難しいのは、自分の位置

結局、選ぶための前提は「自分が今どこにいるか」を知っていることだ。そしてこれが一番難しい。

自分の位置は、自分では測れない。物差しが自分だから。

だから、結果が数字や事実で出る場に身を置くとか、明らかに上手い人の近くで仕事をするとか、そういう外部の物差しがいる。前に若い人向けに書いたことと、同じ話に戻ってくる。

自分の位置を知らないまま、他人の地図で歩いても、目的地には着かない。

アドバイスを受け取る力より、選ぶ力。その差が積み上がると、たぶん大きな差になる。