大きな石の話。

よく、コピペスレなんかで見かける話です。

これは、僕が20歳くらいのとき、起業家の先輩に近況報告をしていると、先輩が話してくれました。非常に印象に残っています。

今思えば、有名な話で、いろんなところで語られている話だったのかもしれません。だけど、僕にとっては、あのときに先輩が話してくれたことにとても意味がありました。

出展も何もわからない話で申し訳ないですが。。

教授は突然、大きな壺を取り出し教壇に置いた。 その壺に、彼は一つ一つ『大きな石』を詰めた。壺がいっぱいになるまで石を詰めて、彼は学生たちに聞いた。 

「この壺は満杯か?」教室中の学生たちが「はい」と答えた。 

「本当か?」そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。
そしてじゃりを壺の中に流し込み、壺を振りながら、石と石の間を砂利で埋めた。

そしてもう一度聞いた。 「さあ、この壺は満杯か?」
学生たちは答えられない。
一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。

教授は「その通りだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。 
それを石と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。 

「どうだ、この壺はこれでいっぱいになったか?」 
学生たちは声を揃えて、「いや違う」と答えた。 

微笑んだ教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ。

そして彼は学生たちに最後の質問を投げかける。

「私が何を言いたいのか、わかるだろうか」

一人の学生が手を挙げた。 
「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」

「それは違う」と教授は言った。

「重要なポイントはそうではない。いま見たことが君たちに示してくれる真実は、 大きな石を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ」
君たちの人生にとって”大きな石”とは何だろう、と教授は話しを続けた。
それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家庭であったり、自分の夢であったり…。ここで言う”大きな石”とは、君たちにとって最も大切なことだ。それを最初に壺の中に入れなさい。そうしなければ、君達はそれを永遠に失う事になる。 もし君達が小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていくなら、君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。 そして大きな石、つまり自分にとって最も大切なことに割く時間を失い、その結果それ自体を失うことになるのだ。

自分にとっての大きな石とは何だろう?と思うことがあります。

それは自分で決めるものであって、自分以外の人が決められるものではありません。他人は、お手伝いはできるかもしれなくても、最終的に決めるのは自分だからです。

よく見かけるマトリックスにこういうのがあります。

緊急性と重要さの2軸で分けられるこういうやつです。

手書きにした意味は特にないです

「緊急性は高い」but「瑣末」なものに時間を使いがちな気持ちはとてもよくわかるのですが、真に重要なのは、「緊急性は低い」but「重要」なものです。

自分の時間を何に使うのか、真に重要なものにきちんと時間を注げているのか。

あとから振り返って、自分の中の「大きな石」を投じることをおろそかにしていないか。

自戒を込めて、ここに刻みます👮‍♂️