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医療とアップデート。

無駄

多くの時間を、患者として、そして、ここ最近は医者として働く中で、なぜこんなにも時間がかかり煩雑なのだろう?と疑問に思います。

患者としては、どこへかかったらいいのか分かりません。
実際にクリニックや病院へ行ったら行ったで、受付、問診、検査、診察、会計と進み、多くは処方箋をもらってどこかしらの薬局へ行って、病気の説明を再度行って、会計し、ようやく帰途につくことができます。

医療従事者としては、予定通りに来ない患者さんの対応や、初めて来る患者さんに直近で同じ検査がされていてもデータがなければ同じ検査を行わざるを得ないこと、(既往歴や生活歴などの)同じ話を何度も聞かなくてはならないこと、が双方にとって時間の無駄と感じます。低下の一途をたどる診療報酬を思うと、1人の患者さんに大量の時間を使うことはできない現状があるにもかかわらず、多くの重複した行為が医療機関では行われています。

患者、医療従事者双方に、省くことのできる「時間」は実に多くあります

このように言うと誤解する人もいらっしゃるかもしれないので一応いっておくと、無駄な時間を省くというのは診療を簡素化したいということではありません。本当に必要なことに時間を集中的に費やすことができるようにしましょう、ということです。無駄の排除は、本質的に重要なことを排除することと相容れないものではありません。

医療現場の限界

また、外に目を向けたとき、多くの人々は医療機関にいないことにも気付きます。

医療機関にいるのは、何か困っている人であって、それ以外の大抵の人は医療機関の外にいます。至極当たり前のことです。

しかし、今医療機関にいない人であっても、明日は医療が必要になるかもしれませんし、本人が自覚していないだけで、実は医療の介入が必要な状態である可能性もあります。

つまり、理想的には、医療機関にかかっていない人であっても、医療の介入が必要な状態であれば、それが何かしらの形で察知され適切な医療介入がなされることが望ましいかもしれません。

テクノロジーの発展

最近のテクノロジーのたどってきた道筋を振り返ると、インターネットの発展を背景にスマートフォンの普及が起こりました。

ほとんどの人の手元にはインターネットに即座に繋げられるスマホがあり、それは自分の感覚や能力を拡張してくれています。また、IoTが一般的になり、人々の手元だけはでなく、あらゆるモノさえもインターネットにつながる時代となりました。

人々、そして、モノもインターネットにつながることで、膨大なデータが集積される時代になっています。それらのデータは、Deep Learningや機械学習といった技術の発展と相まって、パターン認識および分析・解析に使われるようにもなっています。

特に画像解析の分野は発展著しく、Amazon Goなどの無人コンビニにおけるカメラの技術に限らず、多くの技術的恩恵が世界に散らばっています。

コンピューターの高性能化や低価格化、通信技術の発展もあり、今ではこれら大量のデータを適切に扱うことができるようになっています。

機械は、人間が予想もしないところで解決策を見つけたり、新たな視点を見つけることができます。人間が行わなくていい仕事を機械がスピーディーに処理するようになることは明らかですし、実際あらゆる場所で機械は活躍しています。

キーワード

これからのテクノロジーにおけるキーワードとして、知性の外部化、感覚と能力の拡張、分散化、所有から共有ということが各所で言われています。

この視点に立った上で医療を眺めると、医療情報の分散化や医療資源の共有などいくつかの視点が見えてきます。

医療とテクノロジー

僕はテクノロジーの発展やこれからの向かう先に目を向けたとき、今の医療は確実にUpdateされるべきだと考えています。

インターネットがなかった時代から、何か症状があると受診して、診療を受けて帰るという流れは変わっていません。大して進化もしていません。

今後医療が向かう先をイメージしたときに、今のままの医療が続くことは想像もできません。それは社会問題になっている医療費の話を例に挙げずとも同様です。

どんなUpdateがあるべき姿なのか?

10年後、50年後の未来を考えたときに、どのような医療が当たり前に存在しているか?

あるべき医療の姿をつくっていく人が今の社会には必要です。

そのような事業にチャレンジする1人として、考えていることを記録していきたいと思います。